2007年05月23日
 ■  サービスにはなぜ、終わりがないのか?

 東京、青山に「カシータ」というレストランがある。大学院(ビジネススクール)で担当しているホスピタリティ・ビジネスの受講生のひとりが、すばらしいサービスだと発表に取り上げた。ならば…。受講生数人と授業の打ち上げをかねて観察に出かけることにした。受講生が幹事を引き受けてくれ、2か月先にようやく予約が取れた。
 全員がテーブルにそろったとき「こちらのシャンパンをご存じですか?」とメートル(給仕人)が乾杯のシャンパンのラベルを私に見せた。そこには、私の名前が入っていた。そして「サベラージュというものをなさってみませんか?」と私に勧めた。シャンパン・サベラージュとはサーベル(刀)を使ってシャンパンの栓をガラスの部分から打ち払うセレモニー。処女航海の安全を祈る儀式に始まったといわれている。練習を1回して本番。成功。いきなりのサプライズ。記憶に残るイベントとなった。


cs15.jpg

 席をダイニングに移した。テーブルには一人ひとりにあてたメッセージカードと名前を刺繍したナプキンが置かれていた。「さすが、カシータですね。すごい」。驚く仲間もいたが、私は以前、居酒屋の宴会で同じような心遣いを経験していた。このカシータの演出は私には「カシータならありそうなこと」であり、驚くには至らなかった。
サービスの評価を期待と実際の体験の差、あるいは比によって示そうとする考えがある。すなわち、サービスの評価=実際の体験-期待、あるいは、サービスの評価=実際の体験/期待、とする考えである。いずれも概念的な式であるが、実際に受けたサービスが事前期待よりも優れていなければ評価は高まらない。良いサービスに慣れた客や期待の大きな客を満足させる難しさが、ここにある。期待を超えるサービスを実現しなければ、客に満足や感動、驚きを与えることは難しい。サービスに完成は永遠にやってこない。
カシータの料理と親しみやすい心あたたまる過不足のないサービスは申し分のないものであった。さすが、やはりカシータである。期待どおりのことがきっちり行われた心地よさを私たちは感じていた。土砂降りであったため、車を呼んでもらい、車が来たという知らせで席を立った。カシータが入っているビルを出ようとしたとき「浅岡さま。本日はありがとうございました」。カシータのスタッフが3人、ビルの出口で大きな傘を手に待っていてくれた。カシータは20店舗ほどが入った11階建てのビルの3階にある。ビルの出口、それも雨にぬれないようにと見送ってくれたレストランは始めてであった。私が予想をしていなかったこと。それはサベラージュと最後の最後にやってきた。
cs16.jpg


Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(2.9)
投票人数:(315)
2007年05月19日
 ■  「顧客の視点」の前に、まずは顧客への感謝じゃないの?

 2005年10月25日、日経の朝刊に第7回日経フォーラム「世界経営者会議」の初日に展開された議論や講演の内容が掲載された。新生銀行のティエリー・ポルテ社長の講演内容から。「過去4年で拡大させた個人向けビジネスは、まず顧客の視点から始めた。顧客が既存の金融サービスに抱いていた不満は『休日にATMが使えない』『自分のお金を引き出すのに手数料がかかる』『あまりにも金利が低い』ということだ。こうした点を意識して準備し、万全の対応をめざした」。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木会長。「お客さんの立場で将来から現在を考えた時に、全く違う世界が見えてくる」。
 「顧客の視点」「お客さんの立場」という言葉が目を引いた。商品やサービスを購入し、使用するのは顧客、消費者なのだから、顧客の視点が重要であるのは当然のことである。マーケティングのパラダイムが顧客志向にシフトして、すでにかなりの年月が経つというのに、いまだに「顧客の視点」が強調されるのは、それだけ「顧客の視点」を持つことが難しいことを物語っている。

cs12.jpg

 先日、数社のマーケティング担当者のプレゼンテーションを聞く機会を得た。自社ブランドが選択される要因や商品開発の成功要因などが各担当者から示され、だれもが、顧客の視点を持つことの重要性と同時に顧客を理解することの難しさに触れた。しかし…。消費者を強く意識しているはずのマーケティング担当者であるにもかかわらず、だれからも「平素は私どもの商品をご利用(ご購入)いただき、ありがとうございます」といった消費者への感謝の言葉は述べられない。顧客接点の現場の気持ちを持つことはやはり難しいのであろうか。顧客への感謝の気持ちを持つことなしに顧客を理解し、顧客の視点を持つことができるのであろうか、と疑問の残るセミナーであった。

数日後、ある学会での株式会社ふくやの社長の特別講演。辛子明太子の創業社である。経営理念をテーマとした講演は、冒頭で「明太子が全国的に認知され、ご愛顧いただいていることの感謝」が述べられ、「お帰りには明太子をおみやげに。できれば、ふくやの明太子を…」とユーモアを含んで結ばれた。ふくやの各店舗では、お客様に「ごゆっくりどうぞ」とお茶がふるまわれる。観光客、出張族に「博多のおもてなし」の一役を買っているが、同社は経済産業大臣から顧客志向優良企業としての表彰を受けている。
 「CS(顧客満足)の出発点は顧客への感謝の気持ちから」。CSを考えるとき、いつもここに戻る必要があるはずだ。
cs13.jpg



Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.0)
投票人数:(338)
2007年05月15日
 ■  地元密着の信金には寄席もあります

「おばあちゃんの原宿」と呼ばれる東京・豊島区巣鴨に初めて出向いた。有名な「とげぬき地蔵尊」はどこにあるのだろう。帰りに寄ってみようと思いながら仕事先に向かった。前を歩くお年寄りたち。やはり年配者が多い街のようだ。駅から3分ほど歩いたとき、お年寄りたちはみんな、あるビルに吸い込まれるように入っていく。ここは? 巣鴨に本店を置く信用金庫だった。なにがあるのだろうと興味本位でお年寄りについて行く。
 「いらっしゃいませ」。職員の明るい声に促されるように思わず、お年寄りたちと一緒にエレベーターに乗り込んだ。降りたフロアでもお年寄りに続くと部屋の入口で信用金庫の職員から缶入りのお茶とおせんべいをもらった。机とイスが並べられたホールらしい部屋は談笑するお年寄りであふれかえっていた。まもなく、隣の部屋から拍手が聞こえてきた。何が始まるのだろう? 隣の部屋を見にいくと落語の寄席が始まっていた。訪問先との約束の時間がせまっていたため、なぜ、ここにお年寄りが集まっているのか、疑問を解決できずに、この場を去った。


cs10.jpg

 打ち合わせを終え「とげぬき地蔵尊」を参拝し、自宅に戻った。巣鴨信用金庫のホームページを開く。なるほど…。今日はちょうど「とげぬき地蔵尊」の縁日であった。この信用金庫では、縁日の開かれる日は本店の3階を「おもてなし処」として開放し、お茶とおせんべいを無料で配っているという。そういえば、この信用金庫、印鑑や通帳の盗難、カード偽造などを防ぐために窓口で本人が、それも顔写真つきの公的書類と契約時に交わした合言葉で本人確認をしてからでないと出金できないサービスシステムを開始したことが新聞で報道されていた。「好きな歌手は?」「氷川きよしさん」などの言葉を交わすそうだ。
 ますます興味をもってディスクロージャーに目を通す。「すべてのサービスはお客様のためにあります」「喜ばれることに喜びを」「ホスピタリティあふれる金融サービス」と金融機関らしからぬ言葉が並んでいる。ATMの利用は365日手数料なし。窓口は8時55分に開き、窓口が閉まっても19時まではATMコーナーで職員が対応してくれるなど、あったらいいなというサービスを実現しているようだ。エレベーターで案内をする職員、お茶を配る職員の笑顔と楽しそうなお年寄りたちを思い出す。
 金融機関のサービスが変化していることに気づかされた1日であった。
cs11.jpg


Bad ← 1 2 3 4 5 → Good
評定平均:(3.2)
投票人数:(348)