2007年03月28日
 ■  客を感動させる記憶名人

ヨコハマグランドインターコンチネンタルホテルにチェックインしようとしたときのこと。笑みを浮かべた若いベルボーイが「お荷物をお預かりいたします」と近づき、私の名前を尋ねた。「アサオカです」。苗字を告げると彼はすかさず、私の名前をフルネームで呼んで返した。「アサオカユミ様でいらっしゃいますね。お待ち申し上げておりました」。(えっ、何で私の名前を知ってるの?)。

客室数600のホテルである。一人のベルは1日に何人の名前を覚え、何人の宿泊客を迎えるのだろうか? しかも、せっかく覚えた宿泊客を自分が迎えられるとは限らない。エントランスには三、四名のベルが待機しているという。それだけに、彼らの歓迎の心は大きな驚きを加えて宿泊客に伝わる。

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帝国ホテルのメインダイニング、レ・セゾン。名物のシャリアピンステーキが食べたくなり、ランチに一人で足を運んだ。お昼とはいえ、フレンチレストランに一人で出かけるには少し勇気がいる。が、親しくなったソムリエLさんが、食事をするたびにスタッフを紹介してくれる。だから、この日は思い切って一人で出かけたのだ。食事が出てくるのを待っていたとき、あるソムリエから不意に声をかけられた。「いらっしゃいませ。今日は福岡からですか?」(だれ? いつ会った人?)。今日は予約をしていない。名前をだれにも告げていない。とまどいながら「はい」と答える私に、そのソムリエは「お母様もお元気でいらっしゃいますか?」と言葉を続けた。そうだ、あのとき。4か月前、母と食事をしたときにLさんが紹介してくれたソムリエだ。

つい最近もレ・セゾンに予約を入れた。最後に名前と電話番号を聞かれた。福岡の市外局番が分かったからだろうか。「アサオカ様、いつもありがとうございます。先日はあたたかいお言葉をありがとうございました」。総支配人にあてた食事時のあたたかなおもてなしを感謝するメッセージが彼らに届き、そのことを予約を受けたスタッフが覚えていてくれた。
サービスの基本は、客の顔と名前を覚えること。そして、それが実践されたとき、客はちょっとうれしくなる。

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2007年03月19日
 ■  サービスで生きる至上の料理・サービスで死ぬ極上の料理

サービスの効果や商品価値は結果とプロセスの両面からもたらされる。レストランで例えれば、料理(結果)と店内の環境・料理の提供の仕方など(プロセス)の両方に満足できたとき、食事の満足度は大幅にアップする。
旅先の京都で日本料理の名店に出向いた。ホテルの中の支店ではあるが、料理、盛付、器は超一流。料理を舌と目で十二分に堪能した。仲居さんの立居振舞や言葉遣いも上品で丁寧であったし、材料や料理法を尋ねればすぐに調理場に確認して説明をしてくれた。でも…なのだ。名店にしては、料理以外は大したことない。そう感じてしまったのだ。

さらに、最後になって失望した。デザートが運ばれてきたときに、お品書きをもらえないかと頼んだ。一人3万円の料理。とてもおいしかったし珍しいものもあった。何度も行ける店ではないから記念に取っておきたかった。しかし、奥から戻ってきた仲居さんは丁寧に「お品書きはありません」と答えた。
帝国ホテルのメインダイニング、レ・セゾン。ディナーを取り、私たちはスタッフの心地よいサービスに礼を述べて店を出ようとしていた。「みなさまのおかげで、楽しい時間が過ごせました」。するとディレクトール(食堂支配人)が少し申し訳なさそうな顔をして、こう言ったのだ。「それは本当にありがとうございます。うれしゅうございます。ところでお客様、お料理はいかがでございましたか?」。


旅先の日本料理店とレ・セゾンとで料理の比較はできない。料理がすばらしいから名店なのだ。料理がすばらしいのは言うまでもない。しかし、どちらが楽しい時間を過ごせたか? どちらの食事に満足したか? と問われれば即座にレ・セゾンと答える。ホールスタッフが、客の食事の目的を雰囲気や会話から感じ取り、それを意識してサービスにあたっているかどうかの差は歴然である。レ・セゾンのメートルやソムリエたちは、料理の合間に料理やワインの話をしてくれた。一人一人のスタッフが、私たちに楽しんでもらいたい、とびっきりの夜にしてもらいたいという気持ちで接してくれていたに違いない。それが思わず、料理にではなくスタッフへの感謝の言葉になって表れた。

料理がおいしくなければ話にならないが、厳しい修行を何年も積んだ料理人の料理や店の印象をお客の心に刻み込むのはサービスをする人。どんな食材をどんなふうに料理したかを頭に入れて、食事の目的に合わせたもてなし方ができるのが、きっとプロ。だからこそ、私たちは料理への賞賛をこめて、サービススタッフに「ありがとう」と伝え、「また、この店に来よう」という気持ちになる。


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