第68回 Telly Llyod氏 「私の人生は偶然の産物」

今回より3回にわたって株式会社リンクメディアのテリー・ロイド氏にお話を伺います。第1話目は、「私の人生は偶然の産物」、来日の動機がキムチであったという、楽しいエピソードを交えて語って頂きます。

1981年から始まった日豪間のワーキングホリデー制度で、相互の国で働くことができるようになった。その中の一人として来日、ただ日本に行きたかったのにはちょっと変わった理由があった…

第1話「私の人生は偶然の産物」

  • Kimuchiが私を日本に
  • 奥様が単身赴任!
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Kimuchiが私を日本に

そもそも日本に来たのは…そう、最初は1983だった。

1981年から始まった日豪間のワーキングホリデー制度のお陰だ。若者が初めてお互いの国で合法的に働くことができるようになった。私はそのオーストラリア人の中の一人として来日した。でも私が日本に行きたかったのにはちょっと変わった理由があった。ある日、日本から帰国してきた友人がインドを渡航先に考えていた私を日本式ホームパーティーに誘ってくれた。

長テーブルに多くの料理が並んだ。私は当時、完全なベジテリアンで刺身や肉などは手をつけなかったが、テーブルの端まで来るとそこにはご飯と漬物が置いてあった。ご飯を取り、漬物を試しに口にした、そのときだった。ある漬物を食べて自分は確信した。「俺は絶対に日本に行くぞ」と。

ワーキングホリデー先を日本に変え、来日して、すぐにスーパーに行ってその漬物を買った。そして、その漬物、キムチが日本の物でないことを知ったのは、それから半年後だった。だから日本に来たのは本当に偶然だ。実際には私の人生そのものが偶然の産物だと言っても良い。

とは言え、ここでの生活は実に楽しい。人々は親切で、食べ物も最高。日本の食べ物でないにしても皆キムチを食べているし。そんな訳で日本に留まることにした。

奥様が単身赴任!

面白い経験も色々とさせてもらった。実は、結婚も二度体験した。娘は5人、子作りは得意分野と言えそうだ。

面白いことに、家内は現在NZにいる。彼女は日本人だが、夫婦間の取り決めで、3年間はNZで暮らし、その後一時戻りまた向うに行くことになっている。先月、家族をNZに連れて行ったので、今後3年間は、私が両国間を往復する20日間は東京、2日は空の上、そしてNZに8日ぐらいということになる。

少し「変わってる」のかな。取引先には単身赴任と言っているが、実態は「家内」の単身赴任だと告げるとたいそう驚かれる。

私の方が家を守っているのだから、やはり少し変わってると言えるだろう。

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