石渡美奈氏インタビュー 番組一覧&プロフィール

ホッピービバレッジ株式会社
取締役副社長

石渡 美奈氏

Mina Ishiwatari

ホッピービバレッジ株式会社 取締役副社長 石渡美奈氏


戦後間もない頃から、ビールの代わりの安価なビール風飲料として親しまれてきた「ホッピー」。一時は人気が衰えたものの、傾きかけたホッピーブランドを見事に復活させた、ホッピー3代目、石渡美奈副社長。ホッピーの看板娘として、5年で年商3倍、年30%の増益をたたき出したその成功の秘訣とは? ホッピー生誕60周年を迎え、益々絶好調な空飛ぶ看板娘、その勢いはとどまる事を知らず、その情熱は新たな価値を生み出していく。お嬢様からセレブな奥様になる筈の予定が、ホッピービバレッジのブランドイメージを刷新させ、今や改革の長としてリーダーシップを発揮し続けている、超元気で明るい美奈さんのその情熱とあきらめない心、男顔負けの潔さに迫ります。跡取り娘の体当たり経営改革とは?

幼少の頃、文学少女であった美奈さん、赤毛のアンを自分のロールモデルとし、小学校の転校では、商人の血が芽生え始めたのを実感。その後、中学・高校ではお嬢様学校で学ぶ中で、人間力・マナー等の教育をしっかり身につけ・・。

第1話「赤毛のアンが私のモデル」

  • 商人の芽が出た赤坂小学校時代
  • ムダではなかった田園調布双葉のお嬢様時代
当時、大学卒業後、女性の仕事・結婚に対する価値観からその当時の王道を目指すも跡取り婿を探さなくてはならないという現実を前に結婚相手をビジネスパートナーとして考え、あえなく撃沈。その後、再スタートをはかるが…。

第2話「お嬢様道からの挫折」

  • ビジネス上のM&A的結婚するも
  • 受け入れた瞬間に、廻り始めるさいころ
ホッピーが廃れていると感じ、マーケティング調査を開始。新商品を企画するも、同族会社の軋轢の中で困惑する状態。ホッピーは時代と共に変わっていかなくてはならないという思いは募るものの…。

第3話「50年振りの大改革」

  • 「ホッピーって廃れてる?」と感じた瞬間から始まったすべて
  • 変ることの難しさ 入社早々の壁
美奈流マーケティング戦略始動!HP立ち上げ、ブログの走り、書くことが好きだった幼い頃よりの得意技が功を奏して…。

第4話「空飛ぶ看板娘のマーケテイング戦略(1)」

  • HoppyでHappy党 e-ビジネスでIT革命の波に乗って
  • 芸は身をたすく ブログの走りに、ホッピーミ~ナの3代目あととり修行日記
美奈流マーケティング戦略第2弾!巨額の広告費を捻出するために自身が広告塔になることを決意。ラジオ出演で販促活動、その後、水を得た魚の様に上手くことが廻り始め…。

第5話「空飛ぶ看板娘のマーケテイング戦略(2)」

  • 巨額の広告費を捻出する難題にぶちあたって
  • ラジオデビューの経緯
美奈流マーケティング戦略第3弾!都バスのラッピングバスに目をつけるも予算が合わず諦めかけた時、物流部門の見直しで思いついたホピトラ!美奈さんに続く第二の広告塔、ど派手なラッピングを施したホピトラが、トラックのアイドリングタイムを利用して都内をぐるぐる駆け巡る・・。

第6話「空飛ぶ看板娘のマーケテイング戦略(3)」

  • ホピトラブレイクの秘密
跡取り道で躍起になる余り、一人で突っ走り、ついてこれなくなった社員とのギャップ。社内風土になかったものをいきなり持込、その失敗から学んだ事。コミュニケーションの大切さ、価値観・言語の共有の重要さに気づき…。

第7話「跡取り道の難しさー至上初の空中分解寸前?」

  • 工場全員から辞表を出されてわかったコミュニケーションの大切さ
  • 価値観の共有の重要性
物が溢れ物質的に豊かな時代、夢を語ることが少なくなった若者達にわくわくするような夢を持とうよ! と美奈さんが熱く語りかけます。

第8話「若者へのメッセージ」

  • わくわくするような大きな夢をみよう!
石渡 美奈(いしわたり みな)氏プロフィール

1968年、東京生まれ。1990年立教大学卒業後、日清製粉に入社。広告代理店を経て、1997年に祖父が創業した会社ホッピービバレッジ(旧コクカ飲料)に入社し、広告営業企画を担当。

2003年5月から副社長に就任。自らが広告塔となり、ホッピーのさらなる発展に向かって駆け回る日々を過ごす。

2007年『社長が変われば会社も変わる!』を上梓